遙かなる山々 時に北西風 4

遙かなる山々top 北岳山頂にて 1983年厳冬期白馬岳 2000年5月蝶ヶ岳〜常念岳

2000年5月 北アルプスの展望台・蝶ヶ岳〜常念岳

【メモ】 時期的にも番外といわざるを得ませんが、好天に恵まれ眺望抜群ということで掲載します。
 5月連休・残雪期の山は、天候によって天国と地獄ほどの落差がある。表銀座・裏銀座縦走のときは、槍の直前まで連日の霙と雨で、テントもシュラフもぐっしょり。テントの中を川が流れるという具合で、最後のトラバースですってんころりんが続出したりする一方、槍から大キレットを経て穂高まで縦走するパーティもあった。
 2000年5月の蝶ヶ岳〜常念岳はその対極で、これ以上ないほどの好天に恵まれた。残念ながら人物写真は無し。
 まずは、2つ目の日の出(御来光)。
 安曇野・美ヶ原、そして上州方面?の山の上に明るい点が2つ、珍しい日の出。ホンの一瞬で、点はすぐに1つになった。

 次は、2羽の雷鳥
 1枚目の写真で、どこに雷鳥がいるか、分かりますか? 2枚目の写真なら、雷鳥が2羽いるのが分かりますね。なるほどな〜、保護色ってこういうことよ、ってなもんで。1枚目の場合は、真ん中辺のハイマツ手前に2羽。そう思ってみると、1羽くらいは見えてくるというひとは、雷鳥を実際に見たことがあるのかな?

 そして、蝶ヶ岳からの眺望
 どどーん! と行きたいところですが、このページの写真のサイズはおおむね500ピクセル以下。別ウィンドウを用意したので、下の写真をクリックしてください。

蝶ヶ岳から日本アルプス、穂高連峰・槍ヶ岳をのぞむ
写真をクリックすると、横長辺:1260ピクセルの組写真で穂高連峰〜槍ヶ岳〜常念岳のパノラマ(別ウィンドウ)がご覧になれます。

 さらに、大キレットへの日没

 

常念岳への登り 最後は、常念岳(2,857m)頂上目前の登り


【コメント:Y】 2000年5月の蝶ヶ岳〜常念岳山行は、私にとって最後の雪山(正確には残雪期だが)。好天による抜群の眺望と下山後の思わぬアクシデントで、忘れられぬ山となりました。眺望は写真を見れば分かりますね。思いもよらぬアクシデント、それは私が登山から遠ざかる一つのきっかけとなったのでした。
 あの日、蝶ヶ岳からの下りは長く、ザックの重みが肩に食い込むものの、いつもことと思っておりました。林道に出て、I君が車に乗せてくれたときは「あ〜、これで終わりだ、後は温泉に入って」と気分も上々だった。そして駐車場に着き、車を降りた。
 その時、いったい何が起こったのか。まったく理解できなかった。地面が眼前にあった。身体が倒れていた、崩れ落ちていた。あれっ、なんか踏み外したかな? そんなはずはないのだが、と起ち上がり、一歩を踏み出す。と思う間もなく再び倒れている! 何なんだこれは? 起ち上がることはできる、しかし、歩み始めると倒れてしまうのだ。
 「どうしたの?」と初めは笑っていた同行者の六さんや車に乗せてくれた I なども、笑ってる場合でないことに、だんだんと思い至ったようだ。
 何度か同じことをくりかえしているうちに、私もようやく事態が飲み込めてきた。右膝から体重を支える力が喪われているのだ。右膝を真っ直ぐにしていれば、右足は体重を支えることができる。しかし、少しでも曲げると、カクッと曲がって、崩れ落ちてしまうのである。
 左足は大丈夫だったから、右足を踏み出すときは問題ない。しかし、右足を着いて、左足を踏み出すとき、通常、右足の膝は少し曲げている状態。この時、体重を支えきれず、崩れ落ちてしまうのである。「膝が笑う」というが、「膝が笑う」どころか笑いすぎて顎を外した状態になってしまったようだ。日頃の不養生の結末とはいえ情けない状況だった。これが下山途中であったらどうなっていたか、考えると恐ろしい。
 このアクシデントが下山後であることを右膝に感謝しつつ、しばらく、右膝を曲げないように歩くことに意を払ったのだった。3、日ほどで普通に歩けるようになったが、医者からは何の病名診断も下してもらえなかった。


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