遙かなる山々 時に北西風

遙かなる山々top 北岳山頂にて 1983年厳冬期白馬岳 2000年5月蝶ヶ岳〜常念岳

1983年厳冬期 白馬岳をめざすも小蓮華で撤収

【メモ】 1983年の2月、厳冬期白馬岳山行が企図された。栂池高原→天狗原→乗鞍岳→小蓮華山(2,769m)→白馬岳(2,982m)というルートだったかと思う。20代前半から30代半ばの体力・気力とも充実した精鋭のなかから10数人5、6パーティ、意気盛んな部隊であった。
 重いザックを背負い、ラッセルに励むわれわれの横を、山スキーの学生パーティが追い抜いていった頃はさほどのこともなかったが、登るにつれ雪は深く、北西風も強まり、やがてホワイトアウトに突入、先頭・後続の部隊はおろか、数メートル先のヤッケが見えるか見えないかという状態に立ち至った。これ以上の行動は危険なため休止、白馬大池付近か雷鳥沢当たりで幕営することとなった。強風とホワイトアウト状態のまま停滞、2日ほどねばったものの天候の回復は期待できないため、天気図から翌早朝2、3時間の晴れ間を予測し、わずかの間隙をついて小蓮華山にアタックした。こんな所で競争しても始まらないと思ったが、小蓮華山頂が近づくと愚かにも先を競うのだった。小蓮華からの眺望は素晴らしく、見はるかす白馬岳まで足を伸ばしたいと誰しもが思った。が、この先の天候悪化を考え、泣く泣く撤収。栂池も近くなったところで隊長が幕営を指示、ここまで来たら下まで下るべきではないか、と一悶着あったものの、隊長の権限は強く一夜幕営したのち、翌朝下山したのだった。
 以下の写真は、小蓮華へのアタック時のものと思われる。最後の写真は下山時のテント設営地点か。

さあ、征くぞ!

小蓮華をめざしているところ?

こんなシーン、あったかな?

2枚の写真をつなぎました

小蓮華から望む白馬岳。行きたかったな〜

白馬の先に見えるのは杓子岳?

小蓮華から新潟県方面を望む

下山時、幕営地点か?

【コメント1:T】 白馬岳山行。
 なつかしい写真ですね。一番下の写真は、左からS君、T君、O、私のような気がします。2月だったと思います。どのような位置づけで行ったか定かはないですが、私はT君、S君、Hさんと一緒のテントじゃなかったかな。この山行は、山でも数少ないいい思い出です。A氏が隊長で、例によって追い抜いた学生スキー部と思しき集団に、上からアドバイスをしたりしてましたが、それもさほど違和感なく感じられるほどには山集団という感じでした。
 小蓮華直前で競争になって、私はアイゼンを忘れてたいへんな目にあいましたが、トップがOかK君か、私は3番だったような。違ったかな……、大体体力が揃った集団だったので、なんか楽しかったんでしょうね。
 ちなみに、当時私の世代は23歳ですね。
 加藤さんは、このときが山行で一緒になった最後だったと思うんですが、下山途中で手に凍傷を負っていて、後日闘病中と聞かされたとき、すでにあのとき体力が落ち始めていたのかなと勝手に考えた記憶があります。
【コメント2:S】 あれは3・8分裂の直前でしたね。帰ったら3・8にあれよあれよと言う間に進んでしまったという感じです。だから1983年の2月です。
 登りはラッセルが大変で、WさんとAが言い争いをしたり。ぼくはMさんと同じテントだった記憶があります。もう1人が誰だったか? 停滞中にホエーブスのポンプが利かなくなり、分解してペミカンのラードを塗ったら復活したんだった。
 加藤さんの見舞いに行った時に、「あの山行のときは本当に苦しかった。死ぬかと思った」と言ったのを覚えています。

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