「戦旗派コレクション」開設にさいして

 【この短文は戦旗派コレクション開設時、トップページに置いた文章です。】
 今、ここに、一塊の写真がある。手に取れば「懐かしい」写真たち。「はて、あの写真はどうしたのだろう?」「そういえば、あれも無い」。……なるほど、考えてみれば、これはある種の残骸。見あたらない写真は、すでに誰か(然るべき当事者?)の手に渡っているのだろうか。ならば、このまま朽ちさせていけば良い……、と見棄てられない心のうずきが、苦い思いを抱きながらも、WEB上の公開を思い立たせた。
 朽ちる時間がほんのちょっと伸びるだけ──その通りだけれど、戦旗派の歴史の一齣をWEB上に保管するという試みもなかなか魅力的だ。願わくは、私蔵の運命をたどりつつある写真たちが「戦旗派コレクション」に加わらんことを!

【2010年8月25日】

当面の運営について

 「戦旗派コレクション」というサイトをなぜ開設したのかは、上に記したとおりです。写真の由来は、いずれ触れる機会もあるでしょう 。「総括はどうした?」という声も聞こえてくるでしょう。が、ここでは、当面の運営について述べるにとどめます。

 現在、管理人の手元には、戦旗派20年間(+α)の歴史の一齣を切り撮った一群の写真があります【追記:その後、一塊のフィルム類が加わった】。年代順に整理されたものもあれば、塊のままものもあり、前者の多くは写真集『北西風が党を鍛える』第1部・第2部に掲載されたものと重なっています。そこで、まずは整理されているものを逐次、年代順に掲載していきます。『北西風〜』と共通するものも少なくありませんが、1971年に始まり1990年まで、1972-73年をのぞき1年単位でまとめ、日時・場所の特定できるものは、その旨を小見出し的に記していきます。。1990年まで一巡した後は、所蔵写真などの整理が進むのにしたがって追加することになるでしょう。
 ただし、1971年〜1973年の写真は、1973年分裂の影響からか、ごく限られたものとなっています。『北西風〜』からのスキャンも考えましたが、1972年の1枚をのぞき、とりあえずは現にある紙焼き写真を優先することとしました。同様に、1978年3.26管制塔占拠の写真なども新聞から起こすことはやっておりません。
 「山の写真はないのか?」という疑問を持たれる(元戦旗派の)方もいるでしょう。残念ながら、これらの中にはありません。今は、加藤令也さんらが北岳山頂で撮った写真の複製が管理人の手元にあるだけです。山の写真など持っていて、この形なら公開してもよいと思われる方は、写真をお寄せください。

 本サイトに掲載する画像は、最大長辺500ピクセルとしました。数十年経ってもクリアな写真もあれば、いまではぼやけてしまった写真もあります。しかし、修復や補正はあまり施さないことを基本としました。

【2010年8月25日】

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リンク用HTML

 ご自分のブログやホームページに「戦旗派コレクション」へのリンクを貼る場合、下記の HTML が利用できます。

テキストリンク <a href="http://www.senkiha.net/">戦旗派コレクション</a>

バナーリンク <a href="http://www.senkiha.net/"><img src="http://www.senkiha.net/img/l_banner.jpg" alt="戦旗派コレクション" /></a>

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お世話になったWebサイトなど

 「戦旗派コレクション」サイトを制作するに当たり、事実確認などのため『北西風が党を鍛える』第1・2部(戦旗社)のほか、WEB上に公開されている資料・覚書などを参照しました。煩瑣なため、逐一明示することは避けましたが、この場を借りて、以下、参照したサイト・ブログなどの当該管理人に厚く御礼申し上げます。蛇足ながら、本サイトの記述の正誤は管理人に属します(但し、本サイトの引用によって生じる事態は引用者の責任に帰します)。また、事実誤認等を発見された場合はご一報下されば幸いです。

1968年全共闘だった時代「私的ビラ保管庫」
  日本大学全学共闘会議元活動家のサイト。「私的ビラ保管庫」には、日大全共闘関係のビラだけでなく、他大学全共闘や当時の新左翼各派の機関紙(日本マルクス・レーニン主義者同盟『赤光』、共産主義者同盟『戦旗』、同再建委『ローテ』、共産主義労働者党『統一』、統一社会主義同盟『先駆』、革共同中核派『前進』)、べ平連(ベトナムに平和を!市民連合)や反戦自衛官の『整列ヤスメ』などなど、が収録されている。1970年前後の戦旗社の住所や『戦旗』編集発行人名、各派機関紙誌発行時期などを参照した。
野次馬雑記
  明治大学新聞学会(MUP)、明治大学全学共闘会議の元活動家のブログ。当時の記録復元や現場取材、明大元活動家たちの近況などが掲載されている。1970年前後の明治大学における第2次ブント・諸派や戦旗派の諸事が、当事者ならではのエピソードを含めて描き出されている。リンクサイト明大全共闘・学館闘争・文連には、明治大学新聞やマップ共闘関係資料など明治大学関係の資料の他、1968-69全国学園闘争「図書館」、新左翼党派機関紙・冊子など、さまざまな資料が収録されている。
旗旗「反戦写真館」「懐古的資料室」
  1980年代に戦旗派系の活動家であった草加耕助さんの個人サイト。「反戦写真館 6.戦旗・共産同写真集」に1986年当時の『戦旗』に掲載された写真が収録されている。「懐古的資料室」に収録された戦旗・共産同関連の文書類は、戦旗派が消滅した現在、Web上の貴重な資料で、いくつかの事項を参照した。
Others Link
  共産趣味者によるものか、新左翼諸派の名称(変遷)が手際よくまとめられている。
れんだいこ 1971年以降の学生運動
  共産主義者同盟戦旗派中央委員会(多数派)を名のる「足立商会グループ」(西田派)の「日向カクマル主義―解党派粉砕し、同盟の革命的再生を」(1973年12月5日付『戦旗』340号)が収録されている。1973年分裂に対する彼らの説明or弁護論を再確認した。
神津 陽 塾
  叛旗派解散時期、三上治との関係など、いくつかの事項を参照した。
Wikipedia カテゴリ「ブント系諸派」にあるページのいくつかの項目ページ
  第二次ブントやブント系諸派について正確でない記述も散見するが、おおよその参考に。

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