1971年 「共産主義者同盟(戦旗派)」を名のる

1971.4.28 日比谷公園 西幸門付近

1971.4.28 日比谷公園

【メモ】 この頃の分派闘争の一形態が、統一集会への他派の登場を阻止することだった【1970年分裂については「戦旗派」とは参照】。1970年6月、豊島公会堂で開かれた共産同政治集会で、登壇・演説中の三上治の合図で開始された叛旗・情況派の戦旗派へのゲバルトとそれへの反撃→撃退以降、叛旗派との旗竿部隊による勝負は、1971.4.28まで主なもので十数番に及び、戦旗派の完勝に終わった。
 この写真は、こうした分派闘争の頂点とも言える1971.4.28の一齣。
 清水谷公園で赤軍派や赤ヘルノンセクトと「蜂起戦争派」共同集会をもち、その勢いで戦旗派を圧倒して分派闘争に決着を付けようとする「12.18ブント」(鉄の戦線派・左派派・関西烽火派)を、日比谷公園西幸門口(日比谷図書館<右上>前)で待ち構える戦旗派の鉄マスク・旗竿部隊。結局、赤軍派や赤ヘルノンセクトらは戦旗派との対決には加わらず、組織としては「12.18野合ブント」と戦旗派との激突となり、しばし持久の後、野合ブントは敗走した。
 叛旗派はこの日、12.18ブントとの連携による戦旗派挟み撃ちを潔しとせず、野合ブントの敗退と、戦旗派部隊の態勢立て直しを待って(カッコいい!?)一戦に及んだが、勝利の勢いに乗る戦旗派の反撃にもろくも潰走。これが大衆集会場での最後の一戦となった。

1971 日本反帝戦線総決起集会

日本反帝戦線総決起集会

【メモ】 反帝は「反・帝国主義」の略。「日本反帝戦線」は、1960年代後半の学生・労働者の組織形態であった全学連・労働組合/全共闘・反戦青年委員会という形態に対して、その区別を越えた戦闘組織をめざして1970年初めに準備され、叛旗派分裂後の7月、正式に結成された。反帝戦線(AIF=Anti Imperialism Front)の組織的位置づけについては諸説あるが、叛旗派も反帝戦線という名称を継承している。
 もともと社会主義学生同盟系列の大衆組織として、○○大学反帝戦線・○○大学反帝学生戦線などの名称があったが、その後の経緯を考えると労働者組織としては無理があったと思われる。なお、西田派・共産同(統一委員会)系では、「日本反帝戦線三里塚現闘団」などの名称が今日も存続している模様。

▲ページのトップへ戻る

1971

1971

1971

▲ページのトップへ戻る

1971.6.17沖縄返還協定調印阻止闘争 東京渋谷・宮下公園付近

1971.6.17 東京渋谷・宮下公園付近

1971.6.17 東京渋谷・宮下公園付近

1971.6.17 東京渋谷・宮下公園付近

1971.6.17 東京渋谷・宮下公園付近

【メモ】 「♪お〜きなわを返せ 奪還!」などと叫んで中核派にぶん殴られた人はいないだろうか? 揶揄は人の感情を逆撫でする。やはり論争は真正面からやるのが礼儀というものだろう。とはいえ、沖縄返還粉砕(戦旗派など)か沖縄奪還(中核派など)かをめぐる論争の激化と情勢の煮詰まりのなかで、1969年9月以来の八派共闘はついに分裂(1971.6.15 明治公園で社青同解放派と革共同中核派がゲバルト)。17日、戦旗派、社青同解放派、フロントなどの沖縄返還粉砕派は宮下公園での集会後、火炎ビン・旗竿で進撃した。この頃の、沖縄人・返還粉砕派の主張の一端がネット上に収録されているので紹介します。
 「我々は、はっきりと断言する。『七二年(沖縄)返還と対決しえない日本人民の運動は、無意味であり、敗北である』と。協定不満派としての復帰後の七二年返還の枠の中での運動に対して、返還粉砕派は、いまだ沖縄問題における一政治潮流としても本土においては登場しえない痛苦な現実をはっきり見なければならない。沖縄問題における復帰=屈服派と、返還粉砕派の分岐を鮮明にさせ、10・21大統一行動を準備する中から、徹底した大衆的討論で全人民に深化・浸透させ、強大な共闘機関をめざしつつ、10・21大統一行動を広汎な結集で闘い抜かねば、今日の主体の危機を突破できないであろう」……沖縄青年委員会(海邦)の呼びかけ文より。

▲ページのトップへ戻る

資料:戦旗派年表 1971年

 2.22三里塚第一次強制代執行阻止闘争始まる
 4.27共産同政治集会 東京・南部労政会館
 4.28沖縄闘争。東京・日比谷公園で野合右派・叛旗派を粉砕
 5.23『戦旗』266号「階級的暴力の原則的駆使に関する我々の立場」:「我々は内ゲバの止揚を提起する。原則的な大衆闘争の組織化を通じての党派闘争という、本来の領域への我々の闘いの止揚と、敵権力との闘いへの全面突入を訴える」
 5.29沖縄返還協定調印阻止・外務省突入闘争に反帝戦線5戦士が決起
 5.30沖縄返還協定調印阻止闘争 明治公園から日比谷公園
 6.17沖縄返還協定調印阻止闘争 東京渋谷・宮下公園。
 7.16日本反帝戦線第2回大会(〜17日)
 9.16三里塚第二次強制代執行阻止闘争(〜20)
10.14共産同(戦旗派)政治集会 牛込公会堂
10.21沖縄返還協定批准阻止闘争 清水谷公園
11.6戦旗派、社青同解放派、フロントなど沖共闘(沖縄返還粉砕共闘)結成 東京お茶の水・明治大学7号館
11.19沖縄返還協定批准阻止・抜き打ち強行採決弾劾闘争 東京後楽園・礫川公園

▲ページのトップへ戻る戦旗派コレクション