「戦旗派コレクション」とは

 このサイトは、1970〜80年代を駆けぬけた新左翼の一派「戦旗派」のさまざまな闘いの写真をWeb上に保存する試みの一環として開設しました(2010年8月25日)。1971年から1990年まで、年ごとに、あるいはさらに分割した形で各ページに掲載していきます。また、番外編として、獄中新聞や山行の写真、その他を掲載していく予定です。

戦旗派写真集

「戦旗派」にかんする注記

 このサイトでいう「戦旗派」とは、1970年代から1990年代にかけて「共産主義者同盟(戦旗派)」および「戦旗・共産主義者同盟」という呼称で活動した新左翼の一団体をさします(戦前1920年代のプロレタリア文学運動における「戦旗」派や、1960年安保闘争をたたかった第一次ブント分裂時の「戦旗派」とは関係ありません)。関与した者の多くは現在40歳代から60代半ば、多くは、さまざまな思いを抱えながら市井の一隅で生きています。

 戦旗派の淵源は、1966年に再建された共産主義者同盟(第二次ブント)と社会主義学生同盟全国委員会に発し、1970年安保・沖縄闘争前後の分裂過程で、共産主義者同盟の一分派という意味で「共産主義者同盟(戦旗派)」を名のりました(社学同全国委の理論機関誌名から「理論戦線派」と他称されたこともあります)。さらに、1973年分裂で「戦旗派」が両立したことから、トップのペンネームをとって「日向派」と他称されたのが、ここにいう戦旗派です(もう一方は他称「西田派」。この時の分派は他に「プロレタリア戦旗」派、「国際主義」派)。1980年には、呼称の紛らわしさを避けて、戦旗・共産主義者同盟へと名称を変更しています。(別項 「戦旗派」とは参照)
 その間、狭山差別裁判糾弾闘争や、三里塚現闘団の再建を経て1978年3.26管制塔占拠闘争を第4インター、プロ青同など「赤ヘル3派」あるいは「三里塚闘争に連帯する会」の一翼として担い、さらに戦旗・共産同への名称変更後の1980年代には三里塚や反天皇制闘争でのゲリラ・パルチザン戦闘などさまざまな戦いを展開しました。

 そして、戦旗派は1990年代に入り分派的呼称を廃して「共産主義者同盟」を名乗った後、共産主義革命を目指さない「ブント」へ、さらに「えこ&ぴーすをめざす 一般社団法人 アクティオ」へと変貌するに至り、この過程で新左翼組織としては解消しました。

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管理人 & 連絡方法

 本サイトの管理人たちは、かつて戦旗派に所属したことがありますが、その後、離脱。「管制塔被告連帯基金」ではブントとは別行動。現在のアクティオ・ネットワークの活動や実践社とは一切関わりがありません。また、本サイトでの記述は、かつての戦旗派の見解との一致・不一致を考慮しておりません。歴史的に検証したい方は原資料にあたって下さい。
 代表管理人のハンドルネームは葭谷 諦(あしたに あきら)です。連絡は、後記のEメールアドレスをご利用ください。間違いなどを発見した場合は、ご連絡いただければ幸甚です。akira@senkiha.net

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